習慣が途切れることに漠然とした不安を感じるんだが

ランニングの習慣化メモ
どういう心理なのか

漠然とした不安というのは将来の不安と同じ。

例えば、ここで途切れれば一生何も続けられない人生になるんじゃないか、というような不安である。

単純にもったいないという思いもある。

ここまで続けてきたんだから、と自然に思ってしまう。

なぜこんな思考回路になるかには理由がある。

継続を重視しているからである。

継続することを重視していなければ、継続できないことで不安になったりなんかしない。

逆に習慣化の最初の一歩が継続することによるメリットを知ることだとも言えるだろう。

これは良い傾向じゃないか?

理由は3つで

  1. 考え方が変わっている証拠
  2. 習慣化しやすくなる
  3. 忍耐力がつく

である。

僕はもともと軟弱な意思の持ち主だったのに、こんな考え方になっていてびっくりした。

今日のランニングはしんどいから中止しようと思っていたのに、不安になってやってしまった。

今までこんなことなかったのに。

どちらにしても嬉しいことに変わりない。

それに習慣化しやすい考え方であるとも思う。

無意識に不安になってしまうなら、習慣化の苦労が減る。

でも、何かしらの目的意識は必要であると思う。この部分が鍵だ。

さらに忍耐力も同時に身につく。

怠けようとした時に瞬時に止めることのデメリットが思い浮かぶので思いとどまれる。

習慣化に挑戦することでしか知り得なかったことなので嬉しい。

抜け出せなくなる可能性はないか?

自然と習慣化できるのはいいが、問題がないわけではない。

自分の決めた習慣に固執し過ぎてしまうのではないか、という問題だ。

本当は変えて行った方がいいのに変化を怖がってしまうのではないか、とそう思ってしまう。

そうならないために「習慣を止めるための決断」をする時に考えるポイントをまとめる。

  1. 失うものは何か
  2. 何が手に入るか
  3. 成長する余地はまだあるか

この3つだと思う。

メリット・デメリットは習慣化の時に必ず考えないといけない。

それに加えて、成長する余地があるかを考えよう。

成長というよりかは、より目標に近づける方を選ぼう。

成長できるかを考えたら、既存の習慣の方が負けると思う人もいると思う。

けど、成長できるか想像できないならやめた方が良くない?

まとめ

今日伝えたかったことは

行動すると脳がそれに合わせて最適化されるということである。

行動して初めてわかることって最適化されるからわかるということが多いだろうと思う。

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