共存とは棲み分けるということ

メモ
人は分かり合えない生き物

そもそも誰かと分かり合えたことがあるだろうか。

多くの人が誰かと完全に分かり合えていないということで不安を感じているかもしれない。

でも、人と完全にわかり合うことなど不可能なのである。

理由は簡単で前提が違うからである。

効率主義なのか快楽主義なのか、きのこの山派なのかたけのこの里派なのか。

その前提をもとに論理を展開していくため、まともな議論など不可能である。

わかり合うということが人によって変わるものだと思うのでここも前提の違いが出てくる。

何が言いたいかというとわかり合おうとすることはすごく疲れるし、不毛なのではないかということだ。

なので棲み分ける

棲み分けようと思ったら、前提の部分を理解し合えばいい。

その人が1番大切にしているのが何かを知る。

あと、その人が嫌いなものを知る。

好きなものを知るより、嫌いなものを知っていた方が共存しやすいと思う。

例えば、人の地雷に踏み込まないようにするのと同じ。

その嫌いな部分にさえ踏み込まなければ、うまくやっていけると思う。多分。

でも、それが無理な時は争いが起こる

地球広しといえど、棲み分けられない場合もある。

なぜかというと、かぎりあるものを共有しあっているから。

石油だったり、石炭だったり、鯨だったり色々ある。

でも、その争いは避けられない。

どうしても避けたいなら、限りあるものの不足を補わないとね。

最終的にはおそらく多数決で決まるのだと思う。

そういう世界だから。

まとめ

まとめると、人とうまくやっていくには人の嫌いなことを知ろう、という感じ。

どうしても争ってしまうなら、距離を置いたり、話し合ったりして考える必要がある。

ひょんなことから解決することもあるけどね。

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